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芭蕉さんが眠る義仲寺へゆく

行く春を近江の人と惜しみける

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比叡山ケーブルで琵琶湖側坂本駅へ下る
坂本は比叡山延暦寺の門前町として栄え、50カ所の
里坊(修行を終えた老僧に与えられた坊舎)がある。
坂本は穴太衆と呼ばれる城の石垣などを作った石工集団の
出身地であり、彼らが作った石積みは穴太積みと呼ばれる。


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芭蕉翁は元禄7年(1694)10月12日午後4時ごろ
大阪の旅舎で亡くなった。享年51歳遺言に従って遺骸を義仲寺
に葬るため、その夜、去来、其角、正秀ら門人10人、遺骸を守り
川船に乗せて淀川を上り伏見に至り13日午後、義仲寺に入る。
14日葬儀、深夜ここに埋葬した。門人ら焼香者80人、会葬者300余人に及んだ。
其角の「芭蕉終焉記」に「木曽塚の右に葬る」とあり、
今も当時のままである。墓石の「芭蕉翁」の字は丈草の筆と言われる。
芭蕉翁の忌日は「時雨忌」といい、当時の年中行事で、
現在は旧暦の季節に合わせて、毎年11月の第2土曜日に営む。
(全文 義仲寺案内書転記)


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2014/06/01(日) | 写真 | トラックバック(0) | コメント(5)

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旧美少年

『No title』

芭蕉と言う偉人、学の無い私には良く分からないのですが御堂筋、本町の花屋で急病で亡くなられたことだけ何故か知っていました。

「奥の細道」の旅で弟子を伴い道中で多くの俳句を読んでいたそうですが風来坊さん得意の「夏草や兵どもが夢の跡」もこの時なのですか?
 
「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」が本町での最後の俳句だとは判るのですが、どうして多くの人々に支持されたのかほとんど判かりません。

ムーん・・・私馬鹿よね~おばかさんよ~ね♪♪ 
古い流行歌を思わず口ずさんでます。

2014/06/04(水) 15:19:52 | URL | [ 編集]

セラ

『No title』

こちらも梅雨入りした模様とのこと。
芭蕉は、忍者だったのではないかとテレビで聞いたような?それに、あまりにも美しすぎて
松島や ああ松島や 松島や の句も芭蕉ではなかったと・・・・
先日、娘と数年ぶりに松島へ行き、観光客でにぎわっていました、ここだけでは満足できなく、
奥松島まで足を延ばし、津波の傷跡はまだまだ残ってましたが、あのときのことがうそのように
穏やかな波でした。
それにしても、石垣、ひとつひとつ積み上げていく、パズルのように隙間なく、昔の人ってすごいなって思います。

2014/06/07(土) 08:18:10 | URL | [ 編集]

風来坊

『No title』

旧美少年さんへ
やぁやぁご無沙汰
夏草や、の句はおくの細道で奥州平泉(岩手県南部)で義経、藤原三代と源頼朝軍の攻防を偲び杜甫
春望という詩「国破れて山河在り城春にして草木深し」の句を利用しているという。

セラさんへ
松島の句は近代になって観光用に作られたコピーで
芭蕉さんとはまったく関係のない駄句だそうです。
芭蕉さんの感想として松島の風景は中国の洞庭湖
・西湖に比べても劣らないと書き残しています(行って無いだろうけど^^)

2014/06/08(日) 08:49:38 | URL | [ 編集]

レンダマン

『奥の細道』

松尾芭蕉と言えば、なんといっても奥の細道、究極の旅の文学、日本の文化が歴史とともにちりばめられたワンダーランドに浸れますね。

荒海や 佐渡によこたふ 天の川

まさしくこの句はワンダーランド、驚きの世界です。

以前芭蕉が奥の細道の後半の旅で泊ったとされる全昌寺へ行ったことがあります。そこにはに

庭掃きて 出ばや寺に 散る柳  

の句碑がありました。

奥の細道のくだりでは、芭蕉が旅支度を終えて寺を去ろうとした時、若き雲水が紙と硯をかかえ追いかけてきて一句を所望したとあります。その当時は情報手段の未熟な時代であったにも関わらず、雲水たちが有名な俳諧師ということを知っていたのでしょうか?とするならば天下に名をはせた俳諧師だっつたのでしょう。

この句を私の独断で解釈いたしますと、、庭をはいて(善行をおこなっても)得意満面となっても、このように柳は散ってしまう。故に諸行無常なんだよ。そのような事に拘泥せず、修行を続けたまえ。と若き雲水達に諭しているように思うのです。こういう解釈はいかがでしょうか。

その句の後に、「とりあえぬさまして、草鞋ながら書き捨つ。」とあり、それにちなんでその時に詠んだ拙句

書き捨つも 岩の句碑あり 揺る柳

句碑に寄り添いながら夕暮れのさやけき風に柳が揺らいでおりました。



 

2014/06/17(火) 01:01:28 | URL | [ 編集]

バチ

『No title』

レンダマンとはなんだろうか








































2014/06/20(金) 17:39:44 | URL | [ 編集]

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